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自分史~幼稚園から小学校卒業まで~

こんにちは。

前回の記事で自分史の始まりを書きました。

とりあえず、幼稚園の頃から小学校卒業までの自分の歴史を書いておきます。

また、この自分史はいずれ、いつになるかわかりませんが、

書籍的にもくじとか作ってまとめたいなぁと思っておりますので、

まだメモ的なレベルですね。

それではお楽しみください。


幼稚園編

前回の記事で書いたように、自分のもっとも古く、

比較的鮮明に覚えているのが、幼稚園の時にオモチャの車に乗って遊んでいた記憶。

それ以外にも、ディズニーランドや伊達時代村等で遊んだ記憶があるのだが、

それ実際に自分の中にある記憶なのか、ビデオカメラで撮影された映像や写真で補正されているのか

そこが曖昧なところである。


幼稚園の頃には団子三兄弟という曲が流行っており、

それが流れる教室でレゴで遊んでいた。オモチャのチーター争奪戦もあった。

また、イベントとして餅つきが幼稚園の玄関で行われた時があり、それを食べた記憶もある。


ちなみにこの頃だっただろうか。習い事として体操教室?名前を忘れましたが、

習っていたことがあった。

この頃の僕は、その体操教室が嫌で嫌で仕方がなかった記憶があります。

今となっては何でだったのかわかりませんが、

ただその中でも、スポンジが敷き詰められたような空間があったのですが、

それが楽しかった記憶はあります。


小学校編

幼稚園卒業後は、小学校へ進学します。

同じ幼稚園から一緒の小学校に進学したのは、覚えてるのは男子一人だけ。

それ以外は知らない人たちだったような気が。


一年生

入学式の時だかに、体育館とか教室とか移動したときに

「あ、これは迷子になるな」と思いました。

巨大な迷宮。

複雑な構造。

そして、担任の先生は恐怖の塊だった。

正直、小学校から大学まで様々な教師、教授に会ってきたが、

おそらくこの小学校一年生の頃の担任が一番厳しく、怖い存在だったと思います。

小学校一年生という、何年も前の話なので、

この先生が優しい場面を見せたところは、ほとんど覚えていない。


そして、先ほど書きましたが、同じ幼稚園から来た男子一人。

この人がたしか、一年生の途中で転校した。

まぁ小学校の頃は転校する生徒、転校してきた生徒が多かったですね。


ちなみに一年生の頃ぐらいに相棒と呼ぶに相応しい人物に出会う。

一人は黒鴉氏。もう一人は仮に名前をYA氏と呼ぶ。

黒鴉氏とは小学校の頃に出会った最も古い関係にあるわけだが、

実際にはそれほど遊んだ記憶もなければ会話した記憶もない。

仲が悪かったわけではなく、遊んでいたグループが違っていただけかもしれない。

そのため、同じ小学校だったにも関わらず、小学校卒業まで、そこまで面白いエピソードはない。


もう一人のYA氏について語ろう。

彼と出会ったのは小学校一年生であり、ほぼ毎日遊んでいた。

この頃の相棒と呼ぶに相応しい人物であったのだが、彼は三年生の時に転校してしまう。

三年間という短い付き合いだったからなのか、我々が幼かったからなのかわからないが、

それほど大きな悲しみといった感情はなかった。

しかし、今にして思えば、大きな存在が転校していたんだなぁとも思います。

なぜなら、このまま彼が僕と同じ小学校、中学校と進学していったのならば、

彼も僕もまた違った人生になっていたかもしれないからだ。

それほど大きい存在だったのかもしれない。


話が変わるが、この時期にキツツキについて調べたものを自然施設に展示する。

少しではあるものの、鳥について興味を持っていたのか。

しかし、このころは鳥よりも、昆虫に興味が強かったですね。


また、なんといってもここで爆発的な大ヒットカードゲーム

遊戯王が始まる。

F氏に遊戯王カードを数枚もらい、ルールも彼に教えてもらったんだっけかな。


また、このころは年上の人と遊ぶことが多かったですね。

近所に住んでたので。

テレビゲームとかして遊んでました。



二年生

二年生になると、担任の先生が優しそうな人に変わった。

数年後に誰かから聞いた話なのだが、

この二年生の頃の担任の先生が、廊下等で生徒に並ぶように指示した時に、

全員が綺麗に、静かに、迅速に並んでいて、

これはおそらく一年生の頃の担任の先生が、しっかりと生徒を指導していた結果なのだろうかと。

そういう話があった。

たしかにそうなのかもしれない。


二年生くらいにまでなると、一緒に遊ぶ友だちも少しずつ増えてきた時期だろうか。

遊戯王、ポケモン、サッカー、スマブラ、ロックマンエグゼ等。


小学校の頃は、男子と女子、分け隔てなく、ほとんどの人と遊び、

また、男子に関して言えば、ほぼ全員の家に遊びに行った。


あと、時期的にこのぐらいだったのか、もう少し先かわからないが、

NARUTOという漫画に出会う。

僕の中では最強漫画。これが一度は完結したにも関わらず(それも二年前だが)、

まだ続いているというのが驚きだ。

素晴らしいですね。


三年生

三年生くらいになると、ある意味小学校生活も安定してきたかなと。

このころには、男子のほぼ全員が遊戯王、もしくはNARUTOに嵌っていた。

NARUTOに関して言えば、みんなでNARUTOのイラスト描き、

それを交換するというイベントもあった。そのイラストはまだ持ってますよ。

絵のうまい人もいましたし、個性的な絵をかく人もいて、

面白かったですね。


また僕とAG氏考案のサバイバルゲームを同学年で流行らせた。

今思えば何でこんなに流行ったんだと思いますがね。



四年生

この時期ぐらいから、

少しずつ闇に染まっていった。

ただそれは表面上はわかりづらかったかもしれない。

少しずつ、ここから闇の世界へ。


ここらへんの時期、いや詳しくかけば小学校五年くらいから中学校卒業ぐらいまでは

最も人間関係が難しかった時期ですね。それも後に書いていきますが。


まだこのころは、そこまで友人との関係は悪くなかったかな。

周りの環境というものは恐ろしいもので、本当の自分を見失う。

もしくは自分がこういう存在なのだと錯覚してしまう。そんな時期に入る手前という感じか。



五年生

ここら辺は、闇の世界

暗くなっていったかな。自分の性格。考え方が。

ただこれは客観的な見方であって、当時の自分はそこまで暗くなってるとは思ってなかったかも。


友人の裏切りも多かった。

しかしそれでも、ここにきてドラマや映画、漫画のような出来事が起きる。

それが頬にキスされた後、告白されたということである。


突然そのようなことが起きたのではなく、その人の家でテレビゲームで遊んだり、

公園で遊んでいたのだ。ただ、やはり互いに幼かったですよね。


この頃はバレンタインでチョコを貰ったりもしていて、面白い体験をしていたなと思います。


ただ、このころは暗いといっても、友人とは遊んでいたこともあるのです。

とはいっても、いつもの友人とは違う男子数人で自転車で、

今はないが、昔遠くにあった店等に向かいました。


そういったことが何回かありましたね。

遊ぶ友人のグループというのがこのときはあった気がしますね。

このときは、あまり遊んだことのない人たちとも遊ぶようになった時期だったかな。



六年生

このころは、自分でも笑ってしまうほど

暗かったですね。

よく頑張ってたな自分と褒めるべきか。


小学校の頃の人間関係は本当に難しかったなぁ。

自分から動いても、動かなくてもダメ。


ただ、この頃か、いやもう少し前かもしれないが、

DIR EN GREYという存在を知ったのだ。

当初はヴィジュアル系か。あまり興味ないんだよね。という感じだった。

しかしながら、

今では漫画で言えばNARUTO

音楽で言えばDIR EN GREYが最強ですね。




はい。

ここらへんで小学校編終了ということで。

まだ書き忘れていることもあると思いますがね。

とりあえず大雑把ではありますが、

こんな感じでまとめていきますので、

よろしくお願いします。

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自分史~物語のはじまり~

自分の最も古い記憶は何なのだろう。
たまにそんなことを考える。

「この家の明かりの数だけ、人生がある」
何かの映画かドラマでこういったセリフがあった。
夜景のシーンだったかな。

一人ひとり、人生がある。
僕はこれまで何人かの自分史的な本を読んだことがあるが、面白かった。
そして、凄い人生を送っているものだと思って読んでいる。

その時、自分はどのような人生を辿って来たのだろうかと考える。
ということで、自分史をここに書こうと思った。
ここにきて”自分研究”というカテゴリーを使うときがきた。

ただ、この自分史は、一度の記述で完成できるものではないと思う。
その時忘れていた記憶が、ある時ふと思い出すこともあるからである。
なので、とりあえず書いてみる。そういうところから始めようと思います。




自分も最も古い記憶は何なのだろう。
自分の記憶としてハッキリと覚えているのは、
幼稚園の体育館のようなホールで、小さな車に乗っている場面だ。
当時、その車に乗って遊ぶのがとても楽しかった記憶がある。
しかし、実際にその車に自分が乗っている記憶があまりない。
なぜならば、その車は人気があり、たしか早いもの順で遊んでいた。
遊びたくても遊べない。そんな感じだったかな。

あと、当時はレゴブロックがはやっており、
レゴブロックの道具の一つであろうチーター争奪戦があった。

おそらく、ここらへんが個人的に結構古い記憶であろうと思う。

あとは家族でディズニーランドで遊んでいた記憶。
しかしここら辺は、ビデオカメラで撮影された映像を目にしているので、
その映像による補正がかかっているような気もする。

なので、ここらへんから自分史を始めようと思います。
別にこの記事を書いたからと言って、このブログの最終回だとか、
何か考え事があるだとかいうわけではありません。

ただ、純粋に、自分の歴史に興味がある。
たしか小学校の時に、一度自分史を書いたことがあったはずだが、
それをより詳しく書いていこうかと。

ということでね、よろしくお願い申し上げます。

ども。

今日は、久しぶりに仕事の話でも書きますかね。

九月ということでね、気温も少しずつ涼しくなってくるかと思いきや、

まだまだ暑いぜ?北海道。

室内で作業していると、きつい・・・暑さだけでも疲れてくる。

さて、最近の仕事の話を。

いや、話を五月のゴールデンウィークに戻そう。

ここから八月のお盆休みまで、本当に忙しかったぞ。きつかったぁ~・・・

繁忙期以上だった。なので今では定時で帰れるのですが、余裕ありますね

いや、疲れることには変わりないんですよ。

毎日全力を出している感じだ

特に今週からは現場作業の他に事務作業(繁忙期になると事務作業も増える)もまた始まるので、

忙しい。楽しいが。

後、派遣の人が少しずつ増えてきたので、

仕事を教えて行くことも仕事の一つとなっている。


去年は仕事を教えてもらっていた立場・・・

それが今では教える立場になったのだ。


ただ、教えながらやるのは、最初は結構きつかったな。

教える度に作業を止めなければならなかったり。少し遅れたりしてしまっていたからね。


しかし、今では結構仕事の流れを覚えてくれたので、助かりますね。

これからもよろしくお願いします。

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